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私とマグダラのマリア ∞ 1. 出会い

· Love

宮城県の海辺の小さな町で生まれ育った私は、愛情溢れる両親と優しい姉、親戚やいとこたちに囲まれて幸せな環境で暮らしていました。

小さい頃から海を眺めるのが大好きで、自転車に乗れるようになるまでは、よく父に頼んでバイクに乗せてもらい、海に遊びに行っていました。

そんな恵まれた環境にありながら、物心ついた最初の頃から、周りの環境に違和感を感じていたことをはっきりと覚えています。

海を見るたびに、この先のどこまでも遠くへ行ってみたいな〜と夢見ていました。この海の先のどこかに、私の世界があるかもしれないと思っていました。

成長するにつれて、遠くへ行きたいという気持ちはどんどん強まり、小学生の頃からそのための方法をいろいろと考えていました。高校生になって、留学という方法があることを知り、1年間アメリカで暮らすことになります。

初めての一人旅でした。もともとマイペースで一点集中型の性質の私。やりたいと思ったことは真っ直ぐにやってみるので、それに伴ういろんなことについては考えてもみませんでした。

英語が全くできないことも、留学先のペンシルヴァニアの小さな町まで飛行機を乗り継いで一人で移動することも、送り出す家族の気持ちも。(私がいない間、私の家族はアメリカ人留学生のホストファミリーになる必要があったのです!よりによって身長2メートル近い男子が来て大変だったと、後から聞きました。)

アメリカでの1年間の高校生活も、そこでの体験に集中するあまり、日本の家族にほとんど連絡をとらず、日本語を全くと言っていいほど使いませんでした。そのおかげで英語が流暢に話せるようになり、日本語を忘れ、帰国後はカタコトの日本語を話してあちこちで笑われる体験をします。

遠くまで行ってわかったことは、どこまで行っても違和感は消えないということです。それは自分の中にあるものだということに、それから少しずつ、気づいて行きます。

小さい頃はお寺の幼稚園に通っていたので、毎日仏像に手を合わせてお祈りしていました。幼稚園に通う前から、毎日のように旧約聖書を読んでいました。近所に住んでいた優しいお姉さんたちが、子ども向けの旧約聖書を貸してくれました。そこに出てくる不思議なお話が、昔話と同じ感覚で大好きでした。旧約聖書は読み物として、今でもとても面白く感じます。

 

中学高校はキリスト教の学校を選んだのですが、新約聖書の話と「キリスト」呼ばれる人物を神のように崇める考え方、自由な意識を制限する「宗教」というものに、すぐにうんざりしてしまいました。

 

マグダラのマリアの存在を最初に知ったのは、中学に入ったばかりの頃でした。

to be continued...

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